ohayou

毎日スニーカー生活

さむさに弱い

寒いですね。ここ数日でさらに冷え込んで自分はついていけないです。

天気の話は、「大して話すことががない時の話題」「共通の話題がない人との会話で出す話題」とか言われるけれど、季節やその日の気温や天気について話すこと、自分は結構好きなのにな〜と思う。天気の話が良くないとされる理由として、「そうですね」で終わっちゃうから、とのこと。「寒いですね」「そうですね」でいいじゃん。「この季節は夕焼けがいい感じやね」「そうやね」でいいじゃ〜ん!

このアパートに引っ越してきて1年経とうとしている。敷地内に樹木があるせいで夏にセミが多いこと以外は、立地含めて住みやすくていい感じだと思う。住民については、近くのセブンの店員さんがどうやら同じアパートの一階に住んでるらしいことに気づいた。右隣の部屋の人はめちゃくちゃ規則正しくて、毎日同じ時間に同じ生活音がする。洗濯機は夜23:00ごろに動き始めるし、掃除機は毎朝7:35からかけはじめる。あまりにも正確すぎて笑ってしまう時がある。何をするのか時間で決まってるのは何も考えなくていいのかも…。それにしても何事も毎日続けられるのはすごいですね。

それと最近は、向かいの家のおばさんが毎朝落ち葉をはわいていて、通りかかる時に挨拶する関係になった。なんかうれしい。あとは、うらの家の猫がたま〜にアパートの敷地を徘徊しているので、見つけたら遠くから眺めたり、近くから眺めたりする。

 

この頃は「社会人になってから友人を作るの難しくない?」ってことをよく考えたりしている。仕事以外で初対面の人にあったとしても、「知り合い」とか「共通の知人がいる」の状態で止まってしまう。みんなそんなもんなのかな。そもそも会社の人以外とあうことがほとんど無い。話が合う上司に対して、この人と上司として出会ってなければ、友達になれたのかもな〜みたいな気持ちになる。人によっては上司でも友人関係みたいになれる人もいるのだろうけど。

星野源ANNで「友達を作るにはどうしたらいいの?」っていうメールテーマで集めてた時に、「やっぱり友達を作るには『友達になってください』って言うのが一番なのでは?」みたいな話になっていた。ハードル高くない?言われた方は断れないだろうし。ラジオでも「年齢が上がるにつれ不自然だし、キモくなる」みたいにいってた気がする…。(状況にもよるような…)でも、言われる側としては嬉しいかもしれない。

学生のときはわざわざ約束なんかしなくても、授業とか部活で特定の人たちと長い時間同じ空間にいたりして、自然と仲良くなったりしてたけど、今となっては不思議に感じる。長い時間を共にしたり集団じゃないと仲良くなることって難しいのかな。大人はどうやって友達を始めるのか、については「お酒の場じゃない?」という話になっていた。

お酒か〜、お酒ね〜。自分はほぼ飲まないのでなんとも言えないけれど、お酒の席は割と好きだな〜と思う。酔った人たちが好き勝手喋ってるのを見るのは楽しいし、自分は聞いていればいいし、ご飯も飲み物も美味しい。上司と飲みは嫌だ!という話も聞くけれど、よほどその人が苦手じゃない限りは楽しめている気がする。けど、楽しめているのは周りが気を遣ってくれていて、自分が居心地の良いようにしてくれているかもしれないことは忘れちゃダメだな〜とも思う。話がそれた。

仲良くなりたいな〜という人と、ご飯に行ったりお酒を飲む状況になかなかならない。特にこのご時世だし。「ご飯行きませんか?」「一緒に来ますか?」って言われたら大体ついて行くのだけれど、自分から声を掛ける勇気はないのでした…
かといって、色々と書いててなんですが「今すぐ友達が欲しい!」という感じではなく、職業とか年齢とか関係なくお話しできる相手がいるといいよな〜と思った次第です。うまくおしゃべりできるかは別として。

あ、と今書きながら思い出したのが、うまく喋れなかったときに「口下手ですみません〜!」って言ってしまって、後になってめちゃくちゃ後悔した。完全なる言い訳!「喋るの下手だから勘弁して〜あなたがうまく会話を回してね〜」って言ってるのと同じだ…かっこわる…と思って、もう言わないようにしようと思ったりした。

 

来週末は、金曜日から3日間東京です。みたかった展覧会と好きなイラストレーターさんの個展が目的なのでとても楽しみ。
せっかく旅行に行くのに、歩き回って疲れて、結局全国チェーンのカフェに入ったり、コンビニで買ったものをホテルで食べるみたいなことが多いので、おすすめのご飯屋とか、ここテイクアウトやってて美味しいよ〜みたいな情報など、あれば教えてください。

けっこう長くなりました。あったかくして寝ましょうね。



お久しぶりです

ここに書くの、とても久しぶりだ…!

3月末に本の感想を書いたのがおそらく最後で、しかも7月頃にこれまで書いた記事は全部消してしまった。なんとなく。でも自分のPCには書いてたこと残してある。

3月中旬ごろから、notionを使って日記を書き始めたら(誰にも公開していないもの)、ここで書く理由もあまりなくなってしまった。誰かに読んでもらえるかも!と、ここでたま〜に文章を書いていたけれど、自分にとって人に読んでもらえるかどうかは重要じゃないかもな…と気づいた。記録に近い。自分だけわかっておけばいいから、と思いつつ、それでも反応があれば嬉しかったりもするのでよくわからない。よくわからないよ〜

4月から働き始めて 5ヶ月経った。来月で半年、早いね。
社員数が10人前後の小さな制作会社で、しかも新卒を採ったのは自分が初めてらしく、これといった研修もないまま「習うより慣れろ」の要領でひたすらやりながら覚えている。しかも、作業環境の関係もあり、必要な時に現場に行ったり打ち合わせをする以外は、基本ほぼリモート作業。自由だし柔軟ではあるけれど、かなり孤独だ。

ほぼワンオペみたいな案件もあり、たまに「わからないことがわからない」みたいな状態になって(1年目だから当たり前だろ…と思いつつ)、ヘルプを求めるのだけれど、とある上司は何を期待しているのか「あなたはどう思う?」「どうしたい?」みたいな返答をしてきて、考えた上でわからないから聞いてんの!!と爆発しそうになる。1人で爆発してた。バーン!

仕事でも休日に家で過ごすにも孤独だな。SNSで何か投稿すれば反応があるし、たまには家族や友人とやりとりをするけれど、それでも根本的なさびしさみたいなものが消えない。自分ってこんな寂しがりだったか?
オンラインツールで、トークイベントや作業通話とか歌会とかいろいろ参加してみて、楽しかったし関わった人たちも良い人たちだったけれど、どこも場違いな感じがした。もともと話すのはうまくないのに、さらに喋れなくなってる。どうしたものか…!寂しさに任せて人と関わると、関わる人たちに安心感を求めてしまって本当によくない。自分の都合なのに、本当によくないね。

イラストや文章は時間をかけてゆっくり書けるし、修正しながら考えながら書けるから、その場で喋るやりとりより自分にあってる気がする(下手にしゃべって馬鹿がバレないし)。でも、イラストも日記やブログも、人に見せる必要性がわからなくなってきた。人の雑記とか日記、ひとりごとみたいなラジオとかを聞くのは好きなんだけど、自分の記録が誰かにとってそういうものになるのだろうか。
ふとSNSのアカウント消しちゃお〜!と思うこともあるけど、つながっている人との関係があっけなく消えてしまうことだけが怖くてできない。呆気ないところ含めて良いところな気もするけれど。

次はまたいつ更新するかはわかりませんが、自分にあった発信・記録の方法を模索中〜という近況報告でした。またね。